アイティメディア採用 2018

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社長の大槻が語る―葛藤とメディアへの熱い想い

大槻
斎藤

営業の斎藤未来が、インターネットと当社のあゆみについて、
社長の大槻にインタビューしました。

革命前夜のソフトバンク

斎藤 当社はインターネット専業メディア企業ですが、大槻社長とインターネットとの出会いを教えてください。

大槻 日本で一般的にインターネットが普及し始めてきたのは、1995年にWindows 95が発売された頃でしょうか。ちょうどその頃、私はソフトバンクの出版事業に携わっていて、インターネットに関連する書籍を出版しようとしたのがきっかけですね。

斎藤 インターネットとの出会いで、何か印象的だったことはありますか?

大槻 メールですね。職場では皆、電子メールを使うようになっていきましたし、 仕事のやり方を変えていったことが印象的でした。孫社長の秘書時代、車の中で、孫社長が隣にいる私に「メールで指示するぞ」と、メールを送ったものの、当時は環境も整っておらず、すぐには届かなかったですよね。「今送ったぞ」「まだ届きません」というやりとりをしている最中に、メールのデータが世界中を巡り巡って、ようやく隣にいる私に届いた、という思い出があります。今となっては笑い話ですが……。

インターネット広告との出会い

斎藤 そんな思い出があったのですね。そうした中で、特に広告ビジネスに携わるようになったきっかけを教えてください。

大槻 1996年の1月8日、孫社長にソフトバンクの幹部が10人くらい呼ばれ「これからソフトバンクはインターネットカンパニーになる」という、ソフトバンクインターネット宣言がありました。Yahoo! JAPANを立ち上げようとしていたのです。もちろん、その場にはYahoo!創業者のジェリー・ヤンもいて、孫社長は私にこう言ったのです。 「大槻、お前がなんで呼ばれたかわかるか? Yahoo! はインターネット広告で儲けているらしい。おまえは、ジェリー・ヤンのところへ行ってインターネット広告を勉強してこい」と。それから急遽アメリカに飛び、雨漏りするような当時のYahoo!のオフィスでインターネット広告を学んだのです。それがインターネット広告との出会いでした。それからアメリカの原稿サイズを日本版のサイズに直して、自分たちでインターネット広告業界のスタンダードを決めていきました。

斎藤 私たちが提供しているインターネット広告枠の大もとに大槻社長が関わっていたんですね。

アイティメディア株式会社設立の経緯

斎藤 Yahoo! JAPANで本格的にインターネット広告が始まり、そこからどういう経緯でアイティメディアが設立されたのでしょうか。

大槻 無事、Yahoo! JAPANも立ち上がった後に、また孫社長に呼ばれ、今度は「お前がやっている出版事業を全部インターネット化しろ」というミッションが下されましてね。今、雑誌で読んでいる新製品の記事や、使い方の記事も全てインターネットで読む時代になるから、早くインターネット化しろ、ということで30人くらいで始めたのが当社の前身なのです。しかしインターネットメディアを始めたものの、ビジネスの収益モデルも、投資対象となるインフラも異なりますし、出版ビジネスとは似て非なるものでした。そこで孫社長に「別の会社にさせてください、社長は私がやります」と言ってアイティメディアが誕生したのです。

設立当初の苦労や困難

斎藤 全てをインターネット化ですか!

今となっては疑問に思いませんが、当時としては大変な決断ですよね。まだインターネットで情報収集することは、当たり前ではなかった時代だと思うのですが、どのような苦労や困難がありましたか?

大槻 まずメディアの視点でいうと「アイティメディアだけにしかない価値をどうやってつくるか」ということに苦労しました。しかしそれに向かって「自分たちにしかない情報コンテンツを継続して提供し続ける」という意地を持ち、まい進してきました。
当時、命がけで頑張ったのは現在アイティメディアの編集顧問でもある後藤周子さん。

朝4時には出社し、ライセンス契約をしている海外の主力媒体を全て見て、日本の読者に必要とされる記事をピックアップし、翻訳者に回す。そして戻ってきた原稿をチェックする。ときには自分も翻訳して朝、読者に届ける。体力的にも精神的にも大変だったと思います。でも「他には絶対に負けない、唯一無二の存在になる」という、コンテンツを作る人間としての意地があったのでしょう。そういうものがないと、メディアは絶対に成功しないですからね。

ビジネスの視点でいうと「自分たちが育ててきたメディアとの決別」ですね。当社は、米国の会社とジョイントベンチャーで設立しましたが、やはり違う国と一緒に仕事するのは大変です。事業に対するものの考え方や価値観が異なり、米国の会社とうまくいかなくなりました。そして、ZDNetではなく、新しくITmediaというブランドで事業を行うようになったのですが、やはり自分たちが育ててきたブランドを捨てるのはつらかったですね。

未来へ向かって当社が目指す姿

斎藤 これからの世の中において注目している変化はありますか?

大槻 個人的な見解ですが……世の中の情勢が不安定になっていますよね。例えば、資源の問題、食料の問題、それから発展途上国の成長鈍化、宗教の問題、民族の問題など。日本において一番大きな問題として考えているのは人口減少ですね。しかし、そんな問題をテクノロジーが解決してくれるのではと考えています。世の中がグローバルにテクノロジーを必要とする時代、テクノロジーが私たちを助けてくれる時代になるのではないでしょうか。人間と人間の対話で解決していくという手段もあるけれども、人類には脈々と進化させてきたテクノロジーがある。PCがその産物のようなものですね。スマートデバイスの普及により、情報格差も緩和されるでしょう。今後、テクノロジーがもっと活躍できる時代になり、人々もテクノロジーにもっと期待を持つようになると思います。そこにアイティメディアの存在意義があるのではないかと思います。

斎藤 「世の中がグローバルにテクノロジーを必要とする時代、テクノロジーが私たちを助けてくれる時代」ですか。そんな中で、会社としてどのように社会へ貢献していきたいですか。

大槻 どこよりもテクノロジーを詳しく、わかりやすく伝えていき、情報基盤となることで社会に貢献していきたいですね。私たちメディアにできることはまだまだたくさんあると感じています。現在アイティメディアは約30のメディアを展開していますが、今後はもっとたくさんの分野をカバーしていきたいですね

斎藤 まさに経営理念を表していますね。

アイティメディアに必要な人材と当社が大切にしていること

斎藤 社長は社員1人1人を気にかけ、常に期待されていると思いますが、どんな人にアイティメディアのメンバーになってもらいたいですか。

大槻 やっぱり「自分で考えて、自分で動く人」ですね。
自分で仕事へのモチベーションを生み出せて、自分で自分の目標設定をできる人。
言い換えると「単なる車両じゃなくて、機関車になってくれる人」ですね。そういう自立性、自発性がある人は年齢を問わず来てほしいですね。

斎藤 アイティメディアで働く魅力は何でしょうか。

大槻 1つめは、それぞれの立場に応じて、挑戦・成長する機会があること。
2つめは、公平性、公明性が高いということ。アイティメディアでは、職歴や性別といったものは関係ないですからね。3つめは、働く人を大事にしているということ。
コンテンツや情報を生み出すのは人。1人1人がいつもポジティブに仕事に向き合い、満足感も得られるように会社としても考えています。

斎藤 環境が整っているからこそ、当社の社員は、力を最大限に出せているのだと思います。アイティメディアでは「若手だから、●●について考えなくていい」ということはほとんどなく、自主性を大事にして、他人任せが見られない環境だなと実感しています。そんなアイティメディアで働く社員が共通する思いって何だと思いますか。

大槻 自らの意志でこの仕事をやっているという自負ですね。
社会基盤として、価値となる専門的な情報を人々に伝えていくということで、「自分は社会に影響を与えている、格差を解消するビジネスをやっているんだ」という尊厳や誇りを持っているんじゃないかな。それを持っていないと、壁を乗り越えられなくなってしまうからね。

斎藤 社員が「テクノロジーの未来」を信じている、という感じはあります。

大槻 例えば、編集記者であれば、自分がテクノロジーやマーケットに期待や愛情を持って記事を書いてほしい。Yahoo! BBの不具合があった時のことですが、接続トラブルが相次ぎ、ユーザーからの苦情の嵐が吹き荒れていたんですよね。アイティメディアでは、この事実に基づいて、「Yahoo! BBはどうなっているのだ?」という主旨の記事を掲載したんですよ。その結果、私はソフトバンクからお灸をすえられましたが、記事は最後まで1文字も変えさせませんでした。メディアとして、親会社だろうがグループ会社だろうが厳しく書いていいと考えています。ただし、テクノロジーやマーケットに対する愛情だけは忘れないでほしい。愛のない記事は読めばわかりますからね。

斎藤 ソフトバンクと当社との関係は今後どうなっていくと思いますか。

大槻 方法は違いますが、ソフトバンクも当社も原点である「コンピューターと人間の関わり方を変える」という志は同じです。その志は今後も変わらないです。